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龍の鱗あるいは魚の夢

.29 2010 詩篇 comment(0) trackback(0)

そしてあなたは

ぼくを誘惑するふりをする


そしてあなたは

ぼくを消費するふりをする


そしてあなたは

ぼくを模倣するふりをする


そしてあなたは

ぼくを無視するふりをする


そしてあなたは

ぼくを遺棄するふりをする


そしてあなたは

ぼくなど忘れたふりをする


そしてあなたは

ぼくなど居ないふりをする


そしてあなたは

ぼくなど消えたふりをする


それからぼくも

ぼくなど消えたふりをする


気がつくと

あなたがいたはずの

ベッドシーツに


一枚の

龍の鱗が落ちていた


ぼくは

それを食べて眠りについた


夢をみた


魚の夢だ


そうとも

死にたくならないような

人生なんて

魚の眠りのような

人生だろう


あるいは

魚の生こそが

眠りのような

生であるから


むしろ

魚の生のような人生

とでも呼ぶべきか


それは

不安のない生ではあるが

しみったれた生でもあるはずだ


まあ

死にたくならないような人生が


もしも

この世にあればという話だが


だから

人魚は死にたくなるのか


海淵の底をめざして

ひたすら泳ぐことで


魚のくせに

溺れ死にしようとするのか


そして

ぼくは何を書いているのか


あなたは

ぼくの

情婦のようだ


ぼくは

あなたの

奴隷のようだ


あなたは

ぼくには

永遠の苛立ちであり


決して

終わることのない

拷問なのだ


だからって

死にたくならないような

人生なんて


それこそ

魚の眠りのような

人生だろう


むしろ

魚の生こそが

眠りのような

生であるから


やっぱり

魚の生のような人生

とでも呼ぶしかない





101.jpg





註釈:それにしても、もし死後の世界が存在するのであれば、そこでの「生活」なんてものはやりたくない、というのがぼくのささやかな願いです。死んでからまで「生活」に悩まされるというのではちょっと話が違うじゃないか、というのが今の気分ですね。つまり理想をいえば、「生活」などは「生者」に任せておけ。ぼくは「生活」から解放された「死者」という身分なのだから、という風でありたい。してみると、いわゆるゾンビなどは死後も「生活」したがっているわけで、まことにご苦労様という他はありません。ゾンビとは、さながら勤労意欲に溢れた起業家とか企業戦士のような存在なのかもしれませんね。

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プロフィール

ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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