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アシッド、あるいはラディカル・ナルシズムの誘惑 #1: akasaka strut

.03 2010 短篇 comment(4) trackback(0)


街路で暗い眼をした未知の女を呼びとめて、「私は怖い、だから、しばらく私について来てくれませんか?」と、その女に言う男は、彼女に永久の恐怖を道連れとして与えることになる。こう書いたのはモーリス・ブランショという作家だが、あの頃、私はこれに似た経験をしたことがある。千代田線の地下鉄の電車のなかで視線を感じた時のことだ。眼をあげると、そのひとと眼があった。べつに醜いひとではなかったのだが、私は汚いものでも見るようにして眼をそらした。疲れていた私は自分の顔をまじまじと見られたくなかっただけなのだが、そのひとは気分を害したらしく、ますます私の顔を見つめつづけた。時間がゆっくりと過ぎていった。喉の奥で空気が詰まり、吐き気がしてきた。ようやく電車が仕事場のある赤坂に着いた。逃げるように降りると、そのひとも降りてきた。そして、私のあとを着いてくる。気のせいかとも思ったが、改札をすぎ、地下道をぬけ、地上にあがり、仕事場のある方角に向かっても、そのひとはまだ着いてくる。仕事場には行けないと思った。場所を知られてしまうからだ。場所を知られたらおわりだ、なぜかそう思った。私はあてもなく歩きつづけた。ときおり振りむくと、そのひとは、5メートルほどの間隔をおいて着いてくる。気のせいかもしれない、私が立ち止まれば、何事もなかったかのように私を通り過ぎるのかもしれない、何度もそう思ったが、立ち止まる勇気はどこにもなかった。いつのまにか六本木を歩いていた。私は交差点から溜池のほうへ降りていった。そのひとも降りてきた。私は胃のなかに血でできた煮こごりができて、その煮こごりがぷるぷる震えているような錯覚に襲われはじめた。足を進めるたびに、そのリズムに合わせて、血の煮こごりが胃のなかでぺたんぺたんと飛び跳ねた。このまま歩きつづけるわけにはいかないと思った。私はコンサート・ホールのあるモダンな敷地内を通りぬけ、隣接するホテルへと向かう細い通路を進んだ。もう振り向くことはしなかった。細い通路の終点が唐突に開き、ホテルのロビ?の吹抜けの空間が目の前に広がった。ロビーは混雑していた。ラジオのチューニング・ノイズのような喧噪をぬけて、私はエスカレーターに乗り、上昇した。四回、上昇した。五階で降りた。その階には、打ち合わせで一度だけ入ったことのあるエスニック・レストランがあった。錆色を施した鉄枠で四隅を保護された硝子の扉を開いて、そのエスニック・レストランに入った。パクチーとガーリックの匂いが鼻をついた。店員にいいつけ、一番奥のテーブルを選び、入り口と対峙するように座った。その瞬間を待った。そして扉が開き、あのひとが入ってきた。あのひとは私をみると、無表情に店員に何かを告げ、私のほうへ歩いてきた。そして私のテーブルのまえに立ち、私の正面の椅子に座り、私をみつめた。今にしてようやく判ることがある。あの瞬間こそ、あのひとが持っていたあらゆる恐怖が、この私に譲渡されてしまった瞬間だったのだと。そのあとのことはよく覚えていない。あのひとはキールを、私はダイキリを飲んだ。ふたりで村上春樹の新作の話と和服の展示即売会の話をした。そしてロビーに降りて、ダブルの部屋をとり、愛の行為の模倣をした。あのひとは私を原生動物のように扱い、私はあのひとを腔腸動物のように扱った。ふたりでアンモナイトの化石のように猥褻な時間を過ごして、別れた。再びあのひとと会うことはなかった。





510.jpg





註釈:初出時とはタイトルを変えました。原題は『A.S.I.D.』というものでしたが、これは『Ayrton Senna is dead』を省略したもので、最終話でアイルトン・セナが事故死した日付と関連付けようという意図があったのですが、もはやそういう意識は一切なくなりました。なんとか日本語の題名に変えたくていろいろと模索しましたが、何も浮かばず、結局アルファベットをカタカナに変えて、更に副題を付けることにしました。これはヴォルテールの短編『カンディードまたは最善説』に倣ったものであり、しかもこのコントをぼくは読んでもいないのですから、見え透いたハッタリに過ぎません。しかし、これを元に映画化された『ヤコペッティの大残酷』は映画館で観ており、しかも、ぼくが偏愛する映画としては三本の指に入る怪作ではあるのですが。
さて、いずれにしても、この作品はアイルトン・セナともヴォルテールともアシッドともラディカル・ナルシズムとも関係はなく、たまたま今日の気分で付けた題名であり、また、連作のつもりで書き始めた作品でもあるのですが、こんな短いものでも、書く際に長い助走とそれなりの集中力が不可欠なので、まとまった時間がとれないままに、三つほど書いただけで中断していました。しかも、再掲載するにあたっては、ひとつでもいいから続編を書いてから実行しようと思いつつ、いまだに何ひとつ書いていないままにアップしてしまいました。大丈夫でしょうか。

comment

forgetful_cat
ストーキングと片思いの違いは何だろう
相思相愛とは自己満足だとどうして思わないのだろう
嫉妬が実は愛の変形だと認めないのは何故だろう
恋と愛は違うのに一括りにしたがるのはどうだろう
アガペなんて求めても肩透かしを食らうだけ
なのに求める
男を、女を、互いの全てを



2010.04.03 22:35
ashzashwash
そういえば、ヒトが子孫を残すという事が動物的なものかどうかさえ、なにやら怪しくなってきた気配がします。動物的というにはあまりに超越者の影が濃厚に感じられます。しかも強烈な悪意すら覚えます。カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』を持ちだすまでもなく、人間は何か他愛のない信号を未来に送るための道具、たいした目的もなさそうなDNAを運ぶための乗物にすぎないのではないでしょうか。

ところで昨日、ひだまりを散歩していたら、公園でふたりの老人がベンチに座り込んでいました。聞くともなしにふたりの会話が耳に入ってきました。

A:みんな、どこにいっちまったんだい?
B:さあ、どこだったかなあ。
A:みんな、あっちにいっちまったのかい? (顎で西の方を差す)
B:ああ、たしかそうだよ、あっちのほうだよ。
A:みんな、どこにいっちまったんだい?
B:さあ、どこだったかなあ。
A:みんな、あっちにいっちまったのかい? (杖を振りかざし東を差す)
B:ああ、たしかそうだよ、あっちのほうだって聞いたよ。

うーん。凄いな。まるで小津の映画かベケットの芝居のようではありませんか。そういえばベケットは、外国語学習のマニュアルを読みふけることで日常会話の不毛に気づき、ああいう芝居を書いたのだ、とかいう話を聞いたことがあります。いずれにしても、やっぱり誰もが、あっちの方へいってしまうのですね。
2010.04.04 22:38
oomoji
あっちの水は甘いかしょっぱいか苦いか、、
どこまでが甘露でどこからが苦汁なのか、、御釈迦さまもご存じないでしょうね。
缶珈琲のコマーシャルで「サルでいた方がシアワセだった。」というセリフがありますが、アンモナイトのほうが一億倍シアワセです、きっと。
アタシはトリケラトプスになりたいけれど。。
2010.04.05 15:06
ashzashwash
トリケラトプスとまで言わずとも、たしかに翼は欲しいですよね。そういえばレイ・ブラッドベリの短編に、静かにひっそりと、目立たぬように暮らしている青年の話がありました。その孤独な青年の背中には、何と醜い翼がついており、その巨大な翼で夜ごと羽ばたき、夜明けまでの短い時間だけですが、それでも大空を自由に飛び回っていたのだ、という話でした。そういう悦楽があれば誰もが生きていけるはず。
思えばロマン主義の詩人達も、暗く陰鬱な詩を書きまくっていたわけですが、本当のところは、その陰鬱な詩を書いている時間だけは、翼を持った青年の夜ごとの飛翔と同じように、生きるということの悦楽を感じていたはずなのですから、書いてある内容になど騙されてはいけないのです。
巷の詐欺師だって、騙して得る金の額の多寡より、むしろ、他人を騙す快感のために詐欺をつづけているのですからね。
2010.04.05 16:51

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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