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道化師の朝の歌

.16 2010 詩篇 comment(5) trackback(0)


いつまでたっても道化見習のままのおれとしては、ほら見てごらんよ、このとおり頬っぺたに刺青で涙を描いてしまってるもんだから、こうしてシクシク泣いてるか、あるいはペコペコ謝ってでもいないと、どうにもこうにも格好がつかないのさ。

それに素に戻っちまうと、世間の底辺にもざらにはいないちんぴらだってことがバレバレになっちまうから、どうしても素になんて戻りたくないのさ。だからほら、こうして、道化見習に与えられたちっぽけなドレッシングルームの鏡の前で、延々とメイクを落とすふりをしながら、劇場の外へ出ていく気なんて金輪際ありゃしないのさ。

ほんとは公演なんてもう7年も前に終わっているのに。劇場なんかとうに廃虚になってるっていうのに。なにせ酷評のために興行主が夜逃げして、一座はフィラデルフィアで解散してしまい、ついにニューヨークまでたどり着けずにおわった屑みたいな芝居だからね。そうそう。あの興行主はサンタ・フェで頸を括ったそうだ。





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註釈:物語ってやつはゾンビみたいな奴で、殺しても生き返ってくる。小説において物語性が失われたというのは、物語が小説というメディアをしゃぶりつくしたというだけで、小説が進化したというわけではない。それに気づいて、あわてて物語性の復建などと騒ぎ立てても、すでに小説というメディアの優位は失われ、物語は映画やテレビやゲームやネットや戦争という新しいメディアに夢中なのだ。

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hemakovich
道化見習以前に案山子にもなれない人達は田んぼにいるんでしょうか。案山子にすれば田んぼが減反されてるから「劇場」も「芝居」もありはしないのかもしれません。

物語性がなければもはや感覚が動かないんですよね。物語性(らしきもの)があればスターウォーズはLEGOにまでなる。

2010.04.16 21:04
ashzashwash
そして物語があると平気で人は国のために死んだりもする。昔、『指環物語』を映画館で観てて思ったんですが、あの映画で最も興奮するのは戦争シーンでしたし、さらに指環を捨てるシーンとかでも、テーマなんかどっかに消えてしまって「ああ勿体ない」とか思ってしまう。
そういう意味ではスピルバーグは凄いと思いますね。『宇宙戦争」も『プライベート・ライアン』も、戦争シーンがひたすら恐ろしい。物語と悪魔的な会話を交わしながら創作しているかのようです。つまり、ずっと会話を続けることで悪魔の気を逸らし、その隙にチャチャッと創っているような感じ。まあ、映画のプロデューサーとかスポンサーとか、そもそも悪魔みたいな連中だから慣れているのでしょうが。
2010.04.16 21:23
hemakovich
>そして物語があると平気で人は国のために死んだりもする。

歴史修正主義ってゲームっぽい男の子の心証をよく表してますよね。

僕はいま『シン・レッド・ライン』を思い出しましたね。物語性を忌避しまくってる。戦闘シーンにモノローグが入りまくり。よくあんな映画、金出してくれたなと(笑)。

2010.04.16 22:30
ashzashwash
Twitterで拾ったもので、出典は明らかではないけれど、ゴダールが面白い事を書いているようです。

RT @godard_bot それに私は、自分の生まれを通して知っていることだけをとりあげようと心がけました。つまり、良家の息子や娘たちに、バカンスの期間中にマルクス・レーニン主義ごっこをさせようとしたわけです。(ジャン=リュック・ゴダール)
2010.04.17 11:51
hemakovich
まさにその通りだったのか、そうでなかったのか、今や忘却の向こうにゴダールがいるので。

でも4年前だったかな、『万事快調』を見たけど、『中国女』の数倍面白かったですよ。
何事も生じないのに不安に駆られるようで面白かった。あの頃鬱が一番ひどかったのに面白かったということは面白いんだと思う。
2010.04.17 19:30

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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