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ヘルムート・ニュートンという男

.28 2010 回想 comment(2) trackback(0)


ヘルムート・ニュートンにはふたつの顔がある。ひとつは<ヴォーグ>や<エル>という一流誌で活躍し、華やかなファッション・フォトの歴史に確かな名声を残した写真家としての顔。もうひとつは、期せずしてパンク・ムーブメントやヘヴィ・メタル・ファッションへの先駆けを果たすことにもなる、ニューロティックな美意識に彩られた芸術家としての顔だ。そのニューロティックな美意識を評して、ひとは彼を<ハイヒールの写真家>と呼ぶ。
たとえば1976年の写真集『ホワイト・ウイメン』のなかに登場する女たちを見るがよい。本来ならば血の通わぬマヌカンとして、とりすました表情で写されているはずのスーパー・モデルたち。しかし彼女らは、ニュートンの巧妙な手さばきによって、次々にモードを引き裂かれ、ハイヒールと装身具だけのヌードに剥かれた後、裸身を無機質な鎖や革帯で締めつけられているのだが、その白いグラマラスな肉体からは驚くほど生々しいエロティシズムが発散されている。

「いわゆるヌード・マガジンにはうんざりなんだ。あの手の雑誌のおかげで、私にとって最も大切なものであるミスティックなゆらめきや神秘性が失われてしまった。たとえばモデルから靴を取り去るなんてつまらないことだ。素足の女性と靴を履いた女性ではまったく違う立ち方をするのだからね。ハイヒールを履くことによってモデルの脚と背中にある種の力強さと緊張感が生まれ、筋肉がくっきりと浮かびあがってくるんだ」と彼は語る。
なるほど。誤解を恐れずに云うならば、その華麗なファッション・フォトの成功から生まれた神話的イメージの舞台裏で、このように入念な演出によるスキャンダラスな<愛のドラマ>を探究してきたカメラマン。それがヘルムート・ニュートンという男なのだ。

ニュートンは1920年代のベルリンに生まれた。彼は、その当時すでに成熟の域に達していたワイマール文化の自由な空気を吸うと共に、その成果を蹂躙していくナチス・ドイツの軍靴の響きに耳をそばたてながら育ったはずだ。
そして、戦後。50年代のおわりから60年代にかけてのパリ。激動と革命に揺れたのは政治だけではなかった。絵画・演劇・映画、そしてファッション・フォトの世界もまた、過激な<演出性>の時代に突入しようとしていた。既成のスタイルはうとんじられ、エキセントリックで斬新なものが求められていた。アーティストを自負するものは皆、現実ではありえないドラマ、架空のオペラなどを夢想しては、こぞって写真に焼きつけていく。
そんな時代にとびきりスキャンダラスな写真を演出し、華々しいデビューを飾ったヘルムート・ニュートン。一躍、時代の寵児としてスポットライトを浴びることになったのも不思議ではなかったと云えるだろう。

そんな彼の写真集のなかから、例の『ホワイト・ウイメン』は書庫に埋没してどこにあるのやら見当もつかないので、ぼくがいつもベッドサイドのテーブルの上に置いている、この愛すべき文庫判の写真集を紹介しよう。
文庫判とはいえクロス装のハードカバー。しかも表紙は中央がくりぬいてあり、第一頁のロゴタイプが見えるように細工されているという凝りよう。ちっぽけながらも、写真を所有する喜びをかきたててくれる本である。
ぼくはいつも、ジョディ・フォスターのページを開いて、本を額のように立てかけて飾っているのだが、すぐに読みかけの本がいくつも重ねられ、あっというまにジョディが見えなくなってしまうので、いまだに彼女を見飽きることはない。





n1.jpg
n2.jpg





付記:美にまとわりついて離れない<つぶやき>に耳をすましてみる。その<つぶやき>の正体は、おもわず目をそむけるしかない剥き身の存在として顕現する、いわば<異形のもの>ではあるはずだ。

comment

forgetful_cat
ヘルムート・ニュートンの展覧会を
女友達と二人で観に行った。
その時、二人とも全身COMME des GARÇONSを纏っていた。
踵の高いハイヒールだけを履いたヌードモデルの巨大パネルや
カール・ラガーフィールドの肖像を眺めていると
どこからか、大柄でアングロサクソンの男性が近づいて来て
私達を写真に撮りたいと言う。会場を出てくれないか、と。
私達は断った。

それからしばらくして、展覧会へ一緒に行った友達が
恋人の家に他の友達とともに招待してくれた。
ちょっとしたホームパーティーに興じていると
不意に、その彼が「面白い物を持っているよ」と
私に本を手渡した。
分厚い、大きな写真集だった。
モノクロの美しい女達、男達。
その中の1ページに
女が男を愛撫するシーンがあった。
女の顔とともに男の局部がはっきりと見える。
いつ傍に来ていたのか、友達の彼は
私の耳元で囁き「素敵でしょ」と微笑んだ。
ヘルムート・ニュートン
彼の名を聞く度に、展覧会と、あの囁きを思い出す。

交通事故で逝くなんて。
なんてエロティックな終わり方だろう。








2010.04.29 04:43
ashzashwash
ヘルムート・ニュートン。ギュンター・グラスの長編小説のように始まり、ピエール・ド・マンディアルグの短編小説のように過ごして、J・G・バラードの実験小説のように逝ってしまいましたね。なんて羨ましい人生でしょうか。
2010.04.30 21:14

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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