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芸術家の肖像に関する覚書

.03 2010 回想 comment(2) trackback(0)


何にせよ芸術家にはパトロンが必要である。いつの世にも芸術家の生活いっさいを面倒みてくれる庇護者がいたものだ。そして芸術家はパトロンの品格や教養に見合っただけの作品を提供する。このようにして芸術家とパトロンの蜜月時代は続いていたのだが。

やがてモダンの時代がやってくる。市民は自分のくいぶちさえ稼げば、<自由>という禁断の果実が味わえるようになった。芸術家も解放され、そして、たちまち毎日のパンにも不自由することになる。<芸術>と<大衆>との狭間。このようにして芸術家の受難が始まったのだ。

振りかえれば17世紀のヨーロッパでは、美術家の生活は王侯貴族のお抱え絵師という形でしかありえなかった。これが19世紀となるとブルジョアジーという新種のスポンサーが現れて、美術の舞台は<宮廷>から、上流階級の集まりである<サロン>へと移行。この<サロン>での成功が美術家たちの見果てぬ夢となる。

つまりフランス革命、そして産業革命が訪れたのだ。芸術はあらゆる階層の市民のために解放された。そこで必要とされたのが美術批評という領域。市民は芸術の価値を誰かに保証してもらいたかった。そして結局、芸術家の成功には巧妙な理論武装が必要になってしまったのだ。

たとえば『悪の華』で知られる詩人ボードレールがサロン展の批評を書き、美術批評家としてのデビューを果たしたのもこの頃。当時の美術界はアングルに代表される<新古典主義>と、ドラクロアに代表される<ロマン主義>が二大潮流をなしていたのだが、ボードレールはドラクロアを絶賛してこの対決に終止符を打つ。すなわちこれは美術ジャーナリズムの誕生でもあった。

ボードレールはさらに<現代生活のヒロイズム>を表現した絵画を求めていた。そしてこの頃、まさしくボードレールの言葉に呼応するかのようにデビューした画家がいた。

「私は天使を描くことができない。なぜなら天使を見たことがないからだ」というレアリスム理論で颯爽と登場したギュスターヴ・クールベである。

サロン文化を挑発したり、パリ・コミューンに参加したりもしたクールベは、同時に<近代絵画の父>とも呼ばれることになるのだが、さて、<近代絵画の父>とはいかなる意味だろうか。

「ただ画家であるというだけでなく、ひとりの人間としても生きうること、そして何よりもア?ル・ヴィヴァン(生きた芸術)を創りうること、これが私の目的である」

すなわち芸術と生活の一致。農村の出身を誇りとし、社会主義者としての信念にもとづいて行動したクールベ。そんな彼の生き方は、たちまち芸術家のライフスタイルの先駆けとなる。そう、ここに<近代の芸術家の肖像>のひとつの原形が生まれたのだ。

それから、モダンな芸術家が現れる。貧しくたって心は自由。カフェやセナクールにたむろしてはブルジョワジーから恐れられ、ついでに金をふんだくるボヘミアン。しかし、このきわめて<モダンな芸術家の肖像>の確立までには、あのパブロ・ピカソの登場を待たねばならない。





C04.jpg





付記:それから一世紀ほど経過したある日の出来事。そういえば昔、セックス・ピストルズとかいうパンク・バンドがあったんだけどさ。そのバンドのフロントマンだったジョン・ライドンが捏造したバンドがパブリック・イメージ・リミテッド。アングラ系の演劇とか観に行くと、このバンドの曲がよく使われていたっけなあ。ごつい重低音で、観客をてっとりばやく無思考状態に連れていくには持ってこいだったからなあ。そのパブリック・イメージ・リミテッドが来日してさ、いや、もちろんこれも昔の話。チケットは買ってたんだけど、なんか、かったるくって、あんまし行く気もしなくってさ。「ねえ、ライブ、今日なんだけど、どうする?」「ああ、今日だっけ、まあ、やることもないしねえ、じゃあ行ってみるか」ってんで、夕方、中野の駅前で待ち合わせして、サンプラザに向かったんだけど、ふと気がつくと、やっぱりぼくたちみたいにタラタラした連中が、サンプラザの方へダラダラ向かってたんだよね。笑っちゃうよ。そんで、ライブの中身なんだけど、パブリック・イメージ・リミテッドの連中ときたらもう、ゼンゼンやる気がなくってさ。タラタラしてて、しかも、ダラダラとした、そりゃあもう酷いものだった。まあ、観るほうも、その上をいくやる気のなさでもって、シラーっとしながら、ボケーっと聴いてたんだから、しゃーないかもしれない。で、最後にジョンがいらだって、「What's you want! What's you want!」とか何度も叫んでたけど、そんなの決まってんじゃん、てんで、ついにジョンもあきらめたよーに、アンコールでピストルズの昔のナンバーを2曲だけやってさ、そん時だけ異常に盛りあがっておしまい。わずか30分くらいのライブ。こんなに短くても誰も怒ってなかったな、たるいから。

comment

forgetful_cat
我が国のパトロネージュに関する考察もまた、面白いと思うのですが
それはさて置き
私は古今東西の画家とモデルの関係性に強く興味を抱いています。
それを文章として表するかどうかは未定ですが。
2010.05.06 16:49
ashzashwash
画家は貴婦人も娼婦も描いていたわけで、かなりマージナルな存在だったのでしょうね。そして娼婦を女神として描いたり、あるいは貴婦人を愛人として描いたり。そのあたり、宮廷内の道化にも似た曖昧な存在感を感じます。
2010.05.07 15:40

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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