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不思議の国のスパイ

.07 2010 回想 comment(2) trackback(0)


さすがにルイス・キャロルを生んだお国柄とでもいうべきか。

というのも、録画したまま放っておいたビデオの中から刑事コロンボを見てみたらまたしてもパトリック・マクガーバンが出演しているではないか。彼が刑事コロンボに登場するのは、ぼくが見ただけでも3回目だ。しかも、常にコロンボの最強の敵として登場する。今回はなんと、ハリウッドのセレブレティ御用達のスーパー葬儀屋という役柄である。この設定、驚くしかないね。しかも、その、頭のきれること。パトリック・マクガーバン、いつもにもまして愉しそうに演じている。

で、その、マクガーバンの代表作が、1967年にイギリスで製作・放映された『プリズナーNo.6』というテレビドラマなのである。冒頭のセリフは、このドラマへの感嘆符であった。

なにしろ、『プリズナーNo.6』ときたら、茶目っ気たっぷりの不条理スパイ・スリラーというとんでもない仕掛けをもつテレビ・シリーズであった。
イギリス本国で好評のうちに終了すると、翌1968年にはアメリカと日本でもオンエアされたが、当然のように不評のまま幕を閉じたという。バブルガムのように甘ったるいテレビドラマばかりに慣らされていた、当時の視聴者を前にしては無理もない話だったかもしれない。

たとえばアメリカでの批評はこうだ。「設定はスパイ・スリラーだが、ストーリーはSF的。カフカ的ムードで、結末は何やらさっぱりわからない」

1968年といえば、SF映画史上のエポックメイキングといわれるスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』が公開された年でもある。
しかし、結末の難解さにおいては、さらにうがった意見が飛びかわされるあの映画にくらべると、『プリズナーNo.6』にはアイロニーに満ちたユーモアがあり、観る者を心地よく不条理の世界に誘ってくれる。
いうなれば<アリスの不思議の国>にさまよいこんだ<007>が、次から次へと押し寄せる<カフカ的不条理>に翻弄されるサスペンス・コメディといった趣きなのだ。これこそ第一級の知的エンターテインメントと呼びたい作品である。

物語は、パトリック・マクガーバン扮する男が上司に辞表を叩きつけるところから始まる。男は秘密諜報部員らしい雰囲気を漂わせている。男はアパートに戻り、旅支度を急ぐ。彼の鞄の上にはリゾ?ト地のパンフレットが重ねられている。だが、ドアの鍵穴から噴出してきた麻酔ガスによって気を失う主人公。
やがて意識を取り戻した彼が発見するのは、まるでおとぎの国のような建物が立ち並び、デルヴォーの絵の登場人物のように無気力な人々が住む<村>に連れ込まれた自分の姿であった。
世界と遮断され、完璧に管理されたコミュニティ。この村で彼はNo.6と名付けられ、No.2という管理者から辞職の理由を執拗に追求される。以後の物語はすべて、自由を求めて<村>からの脱出を試みるNo.6と、それを阻止するNo.2との対決に終始する。

つまるところ、このスパイドラマは、精神の自由をアイロニカルに詠いあげる、不自由な大人達のための寓話であったに違いない。





PRISN.jpg





追記:そういえば、「閉じられた系ではエントロピーが増大する」という、熱力学の法則から敷衍されたテーマが流行った時代でもありました。

付記:蝿の王、闇の奥にて腐りけり、獣の愉悦、病んだ薔薇の血。

comment

forgetful_cat
スパイと言えば、ジェームズ・ボンドで有名な イギリスの MI6 やアメリカの CIA 、今は無き (事になっている)ソ連の遺物 KGB 、イスラエルのモサドなど、色々と思い浮びますが、やはりそれは一般人にとって非日常かつ秘められた世界で有る故か、小説や映画に取り上げられる率が高いですね。
例えば、スパイ映画で印象的な作品としてアンリ・ヴェルヌイユの「エスピオナージ」
作品のプロットが複雑でややもすると難解ですら有りますが
さらに主演のユル・ブリンナーの神秘的な眼差しが作品の密度を濃くしています。
そしてスパイ映画では無いのですが「エスピオナージ」を思い出すと
なぜかコスタ・ガブラスの「Z」もセットになって頭に浮かびます。
どちらも、骨太い作品。
で、ありながら人の儚さを感じます。
「もののあはれ」とでも、言うべきか。
国家という幻想に翻弄される人間達を精密に描いているからでしょう。

「プリズナーNo.6」は観た事が有りませんが、そんなスパイ作品にありがちな重みを
イギリス特有のシニカルな視線で調理したドラマなのかも知れませんね。
いつか、機会が有れば観てみたいと思います。

※Patrick McGoohanは、パトリック・マクグーハンと読まれる事が多い様ですね。
 外人の名前を片仮名に置き換えるのは難しい。
2010.05.12 19:18
ashzashwash
「プリズナーNo.6」はスパイものというのは設定だけで、主に不条理ドラマとして描いていますね。スパイものとして見ると肩すかしを食うようなシロモノなのです。だから誰もが最初、唖然とするわけですが。

ほんとだ。ネットでみるとみんなパトリック・マクグーハン。マクガーバンだとロバート・マクガーバンしか出て来ませんね。これ、ビデオグラムが発売された時に渡されたプレスを見て書いたものなので、当時の表記はマクガーバンだったのだったはずなのですが、たしかにPatrick McGoohan。マクグーハンのほうがスペルに忠実であるような気がします。

今、ぼくは英国のテレビドラマ「MI:5/Spooks」に嵌っています。これは英国らしい、策略とサディズムとマゾヒズムに溢れたスパイ・ドラマ。人間不信の極北をまさぐるような人間ドラマに仕上がっています。

ところで「エスピオナージ」と「Z」は未見です。今度探してみますね。
2010.05.12 20:02

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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