スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ルカとマルコのあいだのマリア

.03 2010 短篇 comment(0) trackback(0)


ルカとマルコのあいだで、マリアは戸惑いの色をかくせずにいる。光栄にも、いずれ<救世主>と呼ばれることになる偉人を処女懐胎した奇跡の聖母としてふるまえばいいのか。あるいは不敬にも、おのれを神の子と詐称する<痴れもの>を産んで悲しむ凡婦としてふるまうべきなのか。いったいどちらの私が、ほんとうの私なのか。

『そりゃあ聖母でいられるに越したことはないけどさ、どっちつかずの宙ぶらりんでいるくらいなら、娼婦におとしめられても構わないってもんだわ』

それほど彼女の困惑は深い。まさしくルカとマルコの福音書に描かれたマリアの立場は、ちりぢりに引きさかれている。もしも彼女が二十世紀後半に生をうけていたならば、『アイデンティティの喪失だわ』とでも呟いて、週に500ドルもする精神分析医の診断を受けていたに違いない。

たとえばルカが記すのは、大天使カブリエルが神からつかわされ、ナザレというガリラヤの町にすむ、ひとりの処女のもとにさっそうと登場したときのことである。

この処女はヨセフという男の婚約者であり、その名をマリアという。ガブリエルはマリアを祝福する。
『おめでとう。主があなたと共におられます』
このことばにマリアは紅潮し、胸をときめかせる。
『おお! やはりわたしは黒騎士ダース・ベイダーの娘。そして英雄ルーク・スカイウォーカーの双児の姉だったのですね!』
大天使ガブリエルはそんな彼女を優しく諭す。
『あわてるなマリアよ。フォース・ビー・ウィズ・ユーと云ったのではない。ロード・ビー・ウィズ・ユーだ。だいいちこの話はスター・ウォーズではないのだ。これから、あなたは身ごもって男の子を産む。その名をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と唄えられるでしょう。そして主たる神は、彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家、すなわちイスラエルを支配し、その支配はかぎりなくつづくでしょう』
マリアはいぶかしんで云った。
『どうしてそんなことが。私にはまだ夫はありませんのに』
大天使は意味ありげにウインクして云った。
『精霊があなたに降臨し、いと高き者の力があなたを覆うでしょう。おほんおほん!』
なぜか赤面した大天使ガブリエルは咳払いをしてからつづけた。
『それゆえ、生まれでる子は聖なる者であり、神の子と唱えられるでしょう』。
マリアはここにきてようやく、これが最近、女性週刊誌を騒がせている<受胎告知>であることに気づき、落ちついて答えた。
『私は主のはしためです。お言葉どおりのことがこの身におきますように』
すると大天使は満足げに翼をひろげ、作者が24行削除したのち、彼女のもとから飛びたった。

と、まあ、このように、ルカにおいては<処女懐胎>が当然の出来事として記されているわけだが、ここでのマリアは、ひとまず、古今東西の聖母子像に描かれている御姿に相応しい、機知と魅力にあふれた女性であると云えよう。
それではマルコの証言によるマリアはどのようなものであったか。

ある昼さがりのこと、故郷に戻って布教運動をはじめていたイエスが、弟子たちをひきつれて仮設事務所にはいると、彼の非常識な発言の数々に驚いた群集が集まってきて大盛況となり、イエスと弟子たちは食事をする閑もないほどであった。
身内の者たちはマリアからこのことを聞きつけて、イエスをとりおさえにやってきた。もちろん気がふれたと思ったからである。
さて、イエスの母と兄弟たちがきて、仮設事務所の外に立ち、人をやってイエスを呼ばわせた。そのとき群集はイエスをかこんで座っていたが、だれかが、『ほら、ごらんなさいよ。あなたの母上と兄弟姉妹たちが、外であなたをたずねておられますよ』と云った。
するとイエスは群集にこたえて、
『私の母とはだれのことか。私の兄弟とはだれのことか』
そして、弟子たちのほうに手をさしのべて云った。
『見よ、ここに私の母、私の兄弟がいる。神のみこころをおこなう者はだれでも、私の兄弟、また姉妹、また母なのである』
これを伝え聞いたマリアはヒステリ?を起こして卒倒した。

と、まあ、こんなしだいで、ここでのマリアは、独身生活が長すぎた息子がついに<頭が不自由な人>になり、まったく人騒がせなことをはじめたものだから、世間体もあることだし、親戚の力をかりてでも、自宅に彼をつれて帰ろうとあたふたしている、という姿だ。よくある世間話に登場する、よくいる類の平凡な母親である。どちらがほんとうのマリアなのか。

そういうわけで、マリアとしても、おのれの自己同一性についての困惑は深まるばかりだ。
ラテン語はもちろんのこと、英語もろくに読めない作者のつごうで用意された、日本聖書教会出版による日本語口語訳の福音書を数冊、それから岩崎美術社出版のロマネスク美術史、平凡社出版の宗教画大百科などをぱらぱらとめくるたびごとに、マリアは文意にそって、あるいは画風にあわせて、顔の造作を自在にくるくると変貌させてゆく。
いかにも聖母にふさわしい威厳あるア?リア系の賢夫人の横顔をちらつかせた次の瞬間には、女の敵は女、とでも云いたげなラテン系の高級娼婦めいた美貌の眉をひきつらせる。かと思うと、こんどは亭主に虐げられ、息子に裏切られ、服従に馴れたしぐさがいちいち嗜虐趣味をそそるアラブ系の中年女のうつろな瞳を涙でぬらしてみせる。さらには、影のうすい旦那のことなどきっぱり忘れて、すべての希望をこどもに託したまではいいものの、肝心のこどもが未来八方ふさがれて窒息し、猫虐待、登校拒否、援助交際、ヒッキー、ストーカー、浮浪者狩りなど、敵がみえないことからくるらしい最新流行の階級闘争をひととおりこなしたあと、はては理由なき無差別殺人などひきおこし、幸福な未来設計すべて御破算という悲鳴にくれるアジア系の教育ママの厚化粧まで披露するなどして、実にいそがしい。

マリアはひとりごちる。
『だけど、どっちに転んでも、あの子の出生の秘密は隠しおおせないのかしら』
なるほど、宗教画によって描かれたさまざまなイエスの顔は、どうみてもユダヤ人のようではない。おのれの七変化はさておいて、
『イエスがユダヤの子ヤーウェの子として認められているのなら、あんな、非・ユダヤの顔で描かれているわけがないわ』。
というのがマリアの考えだ。
あれではまるで、
『…ロ?マ人だわ』
そうつぶやき、なぜか頬を赤くそめた彼女は、宗教画に描かれた息子の姿を静かにみつめる。たしかにその青年の風貌は、イタリアのサッカーリーグ、セリエAのトップチーム<ASローマ>に所属する花形選手に酷似している。おもいつめた彼女は急いで新訳聖書の冒頭に目をはしらせ、ほっと安度のためいきをつく。
そこにはこう書かれていた。

<アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図>。

『おお。これこそ、私が求めていた証拠だわ。この本は、あの子が、ユダヤの神ヤーウェと由緒正しいユダヤ人である私とのあいだに生まれた神の子であることを、証明したいわけだから、この系譜にずらずら並んでいるのは、私のご先祖様にちがいない。これで、私のルーツが確認されるのだわ!そして、あの子のユダヤ的正統性も確認されるのだわ!』
マリアはいそいそと系譜をたどった。

ところが、結果は残酷なものだった。系譜の最後はこうだ。

<ヤコブはマリアの父ヨセフの父であった。このマリアからキリストといわれるイエスがお生まれになった>。

マリアは頭がくらくらしてきた。
『なによこれ。よく判らないわ。やこぶハまりあノ夫よせふノ父デアッタ。つまりマリアすなわち私はヨセフの妻ってことよね。ということは、マリアはヤコブの義理の娘ってことよね。ということは…。なによこれ! これってつまり、アブラハムからずらずらと並んでいる子孫は、ぜーんぶ私の亭主のご先祖様ってことじゃん!』
そうなのであった。そして、さらにマリアにとって致命的なことがあった。自分のルーツがあきらかにならなかったばかりではなかった。
この系図が意味するものは、ようするに、新約聖書の紙面上に、さながら蟻の行列のごとくならべられた義理の父ヨセフのご先祖様と、イエス・キリストとは何の関係もない、なぜならばイエスはマリアの私生児であるから、というものである。いうなればイエス・キリストの<私生児宣言>である。

『たった一度の過ちがこんなことに…』

こうしてマリアはうちのめされ、自己実現への意欲をうしない、永遠にルカとマルコのあいだを漂うことになったのである。

私はマリアに同情する。もし、そこに、マタイの福音書があったなら、と。
マタイによれば受胎告知は夫ヨセフに告げられ、マリアには何のお告げもなかったという屈辱的な話ではないか。これを知れば、マリアの怒りは天にも昇り、男尊女卑撤廃を神に誓ったろう。
しかし残念なことに、<聖母マリアのフェミニズム転向>という最悪のシナリオを恐れた夫ヨセフの手で、マタイの書は上野千鶴子とジュリア・クリスティヴァの著作とともに、屋根裏部屋に隠されていたのだった。





213.jpg





聖書についてよく耳にするジョークを軽いコントに仕立ててみました。出来心です。読み流してください。

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://ashzashwash.blog120.fc2.com/tb.php/43-28def471

プロフィール

ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。