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I Remember Charlott

.18 2010 女優 comment(2) trackback(0)


そう言えば、ぼくは『愛の嵐』という映画を劇場で観ていない。それどころか、何とか手に入れたビデオも米軍に物資をサプライしている業者から内密に手に入れた輸入盤だったので、日本語の字幕などは勿論ついておらず、おぼつかない足取りでつまづきながら物語を追った経験しかない。
しかも、主演の美少女のスチール写真から勝手に想像の触手を広げた物語があまりに官能的だったので、いったい何を観て、いったい何を捏造していたのか、今となってはさだかではないのだが、ぼくの脳裏では様々な映像が、『愛の嵐』というインデックスを付けて眼球裏のアルバムに収まっている。それはこんな話だった。

ナチズムをめぐる言説はよく聞くけれど、ヒューマニズムに裏打ちされたファシズム批判のプロパガンダに終始するものがほとんどで、この映画のように、ナチズムの美学に骨の髄まで溶かされた男女を描いている作品など少数派に違いない。
しかし、ナチズムのもつ狂気というか、人が人に施す行為についての、想像力の限界値に近い、試行錯誤の結果としてあらわれた極限状況ほど、倒錯的な世界を描くのにふさわしい舞台はない、というのも、惨たらしい事実なのだ。
たとえばこんな情景がある。煙草の紫煙がたちこめる捕虜収容所の一室で、ナチの将校達にかこまれて、肘まである革の手袋、ハーケンクロイツの軍帽、サスペンダーで吊るしただぶだぶのボトムスだけを身にまとった半裸の少女が、物憂い歌とダンスを披露している。骨格が透けてみえる薄い皮膚が悲しいほどに美しい。
シャーロット・ランプリングという女優は、このようにして銀幕に登場した。
ユダヤの捕虜として選別されたのち、美貌を気にいられて将校用の娯楽の供物とされて、その代価に捕虜としては特権的な地位を手に入れた少女という役柄だ。
どっちに転んでも、いずれは死によってのみ解放されるはずの閉鎖的な空間のなかで、家畜へでも向けられたような冷たい視線、劇場と化した小部屋で暗い欲望と共に突き刺さる視線、さらには、同胞からの嫉妬と羨望と侮蔑に縁取られた視線などが、彼女のからだに、まとわりついて離れない。
しかし、それらの交錯する視線、つまり、彼女を観たいという欲望だけが、少女の生命を支えているのだ。
こうして生き延びた戦渦のはて、ようやく平凡な市民生活を手に入れた彼女だったが、あるホテルに宿泊したさい、そこの夜勤に身をやつしていた元ナチ将校の視線に曝される。その運命の瞬間から、かつてのように視線を求めあうだけの倒錯的な物語がはじまりを告げる。
これこそは、ただしく、<女優という人生>についての鮮やかなメタファーに他ならないだろう。シャーロット・ランプリングは、この映画でのみ記憶されるべき女優なのだ。そうそう。監督はリリアーナ・カバーニ。共演はダーク・ボガート。この役者がまた実にすばらしいのだが、この映画はシャーロットのものだ。 





09.jpg





註釈:残酷な体験によって誇り高い覚醒を得ること。これが<聖人>と<怪物>の両者に備わる属性のひとつである。

comment

hemakovich
このテキストを読んで「いや、全くその通りだ」と思いながら僕は今まであの映画を全く理解する言辞を持ち得ていなかったことを痛感した。
とにかくあの映画に対しては凡庸且つ曖昧な言辞でのみ賞賛されている忌まわしさが付きまとっているように思えてならない。
その忌まわしさと言うのは至極単純なことで、誰もファシズムに触れたがらないということだけに過ぎないのだ。
だから「倒錯」という便利な言葉でお茶を濁す。

だけどあの映画、僕はカットが目に焼きついて離れませんよね。僕の場合、ユダヤ人の少女達が空中ブランコに乗せられるところ、それと寝ているランプリングの隣でナチの兵士に犯されている少女の死んだ表情、何の欲情も匂わない尻の律動。
リリアーナ・カバーニはこの映画で賞賛されながらも干されたという気がする。少なくとも正しく批評されていないよ、あの映画は。
2010.03.18 20:38
ash
どこか南米の都市、たとえばカラカスの雑踏ですれ違った逃走犯どうしが、刹那的な連帯のウインクでも交わしているようなお言葉をかけていただき、最高の気分です。ラム酒にパインジュースを垂らして、ちびちびといただきたくなりました。というコメントを書いたことがあるのですが、これをそのまま流用させていただきます。
2010.03.19 16:48

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ashzashwash

Author:ashzashwash
桑原義江。男性。Ash。あるいはy<kと名乗った事もある。あるジャズ・レーベルのマネジメント・オフィスに勤務。その傍ら知人の紹介で、ファッションビルの広告媒体や某音楽系出版社の女性雑誌にアート関係の記事を書かせて頂き、その稿料で貧困生活を糊塗する日々が続く。或る日の朝、出勤のため恵比寿の坂道を下っている時に何もかもが嫌になり、地下鉄丸の内線日比谷駅のホームのベンチに蒼白な顔色で座っている姿を学生時代からの友人が見かけたのを最後に、東京23区内から失踪。赤坂のオフィスのデスクの上に残された遺留品は、デルヴォーの画集、カランダッシュの青いボールペン、それからビル・ラズウェルのライブのデモテープ、以上の三点であった。その後、アムステルダムの娼婦街でよく似た横顔の女衒を見かけたという報道もあったが、本人が非公式に否定。現在に至る。

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